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おがっちのプロフィール|経歴まとめ/尾賀裕一

私、尾賀裕一(おがっち)の経歴をまとめるとこんな感じです。純粋でちょっと行動力があるバカが、何も考えず生きるとこうなりましたという典型的な経歴と言えるでしょう。笑

  • 摂南大学理工学部 生命化学学科 (微生物ゼミ)卒
  • 就職で上京
  • 1年で脱サラ
  • 半年後貯金がなくなり、3カ月引きこもる
  • 無人島で1ヶ月サバイバル生活
  • 家庭用生ごみ処理機の代理店事業スタート→失敗
  • web系の下請けの仕事で生計を立てる
  • パパになり関西に移住
  • 3000万の資金調達(現在進行中 )

こんな感じです。もし、尾賀裕一(おがっち)の人生に興味がある人は、このまま読み進めて頂ければと思います。

1. 現在は生ごみ処理機事業を立ち上げ中

最初に少し書きましたが、家庭用生ごみ処理機に心を奪われ、人生と全財産をかけて生ごみ処理機の事業スタートするために資金調達に奮闘中です。

1-1. 資金調達中に令和の虎に出演決定!

いざ生ゴミ処理機の事業をはじめるにあたって、仕入れ交渉は進んだものの、最初にまとまった台数を仕入れないといけないので、仕入れ資金が足りません。

日本政策金融公庫や保証協会付きの銀行融資などを進める傍ら、個人投資家などにもアプローチしていました。

その中でたまたま、youtubeでやっている現代版マネーの虎”令和の虎”のを見て志願すると、2日後にはほぼ出ることが決まって、先日収録に行ってきました。

結果はお楽しみに・・・

1-2. 生ごみ処理機の事業をやろうと思った3つの理由

「生ごみ処理機の事業をやりたい」と言うと…「ニッチだねー」「そもそもなぜやろうと思ったの?」と聞かれます。

私が生ごみ処理機の事業をやろうと思った理由は3つです。

  • 潜在的な市場が大きく競合が弱い
  • 環境に良い事業をやりたいという自分の軸にマッチしていた
  • 競合優位性がある商品に出会えた

① 潜在的な市場が大きく、競合が弱い

生ごみ処理機は、日本が環境関係の事業を推し進めたこともあり、年間20万台も売れていた時期がありました。市場規模は100億以上になります。

しかし、当時はまだ技術力の面で市場にはユーザーのニーズを満たした商品はなく、リピートされず、業界は衰退していきました。

生ゴミ処理機やバイオの技術を持った会社は今やほとんど残っておらず、現在も生ごみ処理機を販売している会社は数社しかありません。現在は数億円のマーケット。

② 環境に良い事業をやりたいという自分の軸にマッチしていた

大学で微生物を研究するゼミにいたことや、小さい頃から自然が大好きだったので起業するなら、環境に良い事業をやりたいと考えていました。

東京にいるときに、「お金を稼ぎたい気持ちは持っているものの、お金のためだけには本当に全身全霊で取り組むことはできないな」と感じるタイミングがありました。

生ごみ処理機は環境に良いし、ビジネスとしても面白いし、個人的には今後伸びると思っているので、自分の軸にマッチしていたのです。

③ 競合優位性がある商品に出会えた

日本では、生ごみ処理機の市場は縮小し、競争も起きず進化が止まってしまっています。

しかし、今回私の商品は生ごみ処理機ユーザーの抱えている課題を解決した画期的な商品であり、十分に競合優位性があります。

価格が少し高いというデメリットはありますが、この商品ならお客さんに喜んでもらえると確信しています。

1-2. 生ごみやゴミの問題は深刻

引用:http://www.osakawan-center.or.jp/index.php/final-disposal-site

生ごみやゴミの問題はどこの国も課題となっていて、日本でも、大阪や東京の埋立地は最後の埋立地(もう埋立地は作れない)と言われています。

海に埋立地が作れない県は、山にしか作れませんし、周辺住民の反対や環境汚染などとても深刻な問題で、都会に住んでいると実感はないですが、地方だとほんとに深刻です。

生ごみ処理機を普及させることで、確実に埋め立て地を延命する効果が見込めるので、とても社会的に意義があることなんですよ!

1-3. 生ゴミ処理機に出会ったきっかけ[すでに1度失敗している]

実は私、生ごみ処理機の代理店として一度失敗しています。

売りはじめて半年後くらいに、パラパラと売れ始め、これはいけるぞ!と思ったタイミングで、仕入れていた会社から在庫がなくなったと言われ、資金繰りの関係で次の仕入れはないらしく、儚くも失敗に終わってしまいました。

代理店加盟料も払っていたので、怒り狂いましたが、どうにもならず、握っておくべきポイントを握れていなかったことや、代理店ビジネスの脆さを学びました。

2. 前人未踏の無人島1カ月サバイバル生活から生還

多くのyoutuberが数日の無人島生活にチャレンジする中、私は無人島で1カ月サバイバル生活をすることを決めて生還しました。

現在、”無人島”で検索すると1~3位に私が出てきます。笑

本当に過酷でした。

2-1. 無人島1カ月サバイバル生活の実態

無人島で1カ月サバイバル生活のルール… 持ち物は下記の3つだけで、食料も水も一切なしです。

  • ナイフ
  • テント
  • マッチ

テレビでやっているような”よいこの無人島生活”などでは、モリでバシバシ魚をとっているようなシーンがありますが…

私は小学生から父に教えられたので、モリがあると十分に生活できてしまうので、より過酷な体験にするために、モリは無しにしました。

その結果、ほとんど大したものは食べることができず、12kg痩せて命もギリギリの生活でした。ww

2-2. 無人島生活は夢だった

小学校の卒業アルバムに、夢を書くページがあり、みんなは「お花屋さんになる」「野球選手になる」と書いていましたよね。

私は、「無人島で1カ月暮らす」と書いていたのですw  夢を叶えたわけです。

実は、無人島まで神戸新聞の記者の方がいらっしゃって取材をしていただきました。

3. おがっちの過去

おがっちと言えば、生ごみ処理機と無人島と思っていただければ間違いないのですが、それ以前の過去についても簡単に紹介しておきます。

3-1. 新規事業の立ち上げメンバーとしての新卒1年目

居酒屋のキャッチをしている時に、人材紹介会社のおじさんにキャッチをされて入ったのが1社目です。

仕事の内容は、中小企業の社長に取材をして動画を取り、サイトに掲載しませんか?という営業でした。

大学生の頃から自分で事業をしたかったのですが、会う社長に「自分で事業したかったら少しでも速い方がいいよ」と言われ、間に受けて1年で辞めてしまいました。

3-2. 何も考えず脱サラした男の末路

何も考えず辞めてしまったので本当にバカだったなと思います。笑

脱サラしてからは、月にMAX8回くらい合コンを主催して、小銭を稼いだり、人材紹介の仲介をやってみたり…

全くうまくいかず貯金を使い果たし、心を病んでしまい、3カ月くらい引きこもってしまいました。

正直、そんな生活を心機一転するための無人島1カ月生活でした。

3-3. 大学時代にしてたこと

大学時代は理系で偏差値は高くない大学だったのですが、割と授業は多く、研究などもそこそこやっていました。日本酒の香りの研究や微生物の培地の開発をしていました。

大学以外は、自販機の営業や居酒屋のキャッチなど、フルコミッションのバイトなど、10種類以上のバイトを経験しました。

あとは、2カ月で9ヵ国バックパックで旅をしたりしましたね。

4. これからやりたいこと おがっちの未来

まずは、生ごみ処理機の事業をスタートし、成果を出し、自社開発をするところまでやりたいと思っています。

その他、本当に便利でユーザーのニーズを満たす環境商品を販売していきたいとか、アウトドア系の事業とかやりたいなーと思っています。

あと、もう1回無人島生活やりたい。笑

5. さいごに

私自身まだまだ若く、これからチャレンジしていくフェーズですが、こんな感じでジェットコースターのような人生をエンジョイしています。

今の時代は、チャレンジそのものを発信して、事業のスタートから衰退まで過程そのものがコンテンツになる時代かなと思っています。

  • 「これから起業したい」
  • 「フリーランスになりたい」
  • 「やりたいことで食べていきたい」

まだまだ成功事例として紹介できるようなことは多くありませんが、私の体験が誰かのお役に立てることもあるかなと思っておりますので、今後少しずつ、情報発信をしていければと思っています。

読者の皆様に少しでも役に立ったり、面白いなと思って頂けたら嬉しいです。